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大阪高等裁判所 昭和62年(う)372号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人井戸田侃作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官酒井清夫作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

第一控訴趣意第一点、法令適用の誤りの主張について

論旨は、公務執行妨害罪が成立するためには、妨害されたとする当該職務執行行為が適法であると共に、行為者において相手方公務員の職務執行行為が適法であるとの認識がなければならないと解すべきであるところ、本件にあつては、被害警察官の職務執行行為(すなわち、交通犯則切符を切る行為)が不適法であり、かつ、被告人においては同警察官の右職務執行行為が違法であると信じていたものであるから、いずれにしても、公務執行妨害罪は成立しないのに、これを積極に認定した原判決は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の適用を誤つたもので破棄を免れない、というのである。

そこで所論及び答弁にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調の結果をもあわせて検討するに、原判決に所論のいう法令適用の誤りは認められない。

所論は、道路交通法七一条四号は、車両等の運転者の遵守事項として、「乗降口のドアを閉じ、貨物の積載を確実に行なう等当該車両等に乗車している者の転落又は積載している物の転落若しくは飛散を防ぐため必要な措置を講ずること。」と規定しているところ、被告人が大型貨物自動車を運転して走行中に、荷台に積載した砂利(正確には砕石)から「水」を「滴下」させた行為の、「水」は、同条同号の積載「物」には該当せず、かつ、同条同号の規定する貨物の積載を確実にする等の措置の対象とはなり得ないものであり、またその「滴下」は、右「飛散」に含まれないものである、従つて、被告人の右行為は、同条同号違反とはならないのに、これについて交通反則行為があるとして交通切符を切ろうとした本件警察官の職務執行行為は不適法であるというのであるが、同条同号の立法趣旨は、走行中の車両の同乗者の転落を防止してその安全を図ると共に、車両から積載物が路上に転落又は飛散することにより道路上の安全ないし美観が害されるおそれが生じることを予防するにあると解されるところ、本件の場合のように荷台の砕石に水をかけて貨物自動車を走行させ、路上に多量の水を滴下させて路面を水浸しにする行為が道路交通の安全を害するおそれのあるものであることは明らかであり、前示の立法趣旨にかんがみると、所論砕石にかけられた水を滴下させることが同条同号にいう物の飛散に含まれないとすべき格段の理由はないから、被告人の行為が同条同号に該当しないとする所論主張は採用できず、結局、同違反行為を取締ろうとした被害警察官の当該職務執行行為が不適法であるとの所論は、その前提を欠き、失当である。

次に所論は、被告人はこれまで本件と同じような方法によつて砂利(本件の場合は砕石)に水を掛け、同じ道路を一日何回となく数年間にわたつて走行しているのに、これが道路交通法違反として問題にされた経験はなく、また同じ仕事をしている運転手中にもこの行為を警察官からとがめられた者はおらず、まして反則金を取られた者など一人もいないので、自己の右行為が反則行為に当たるとは考えていなかつた、従つて相手警察官が反則切符を切るのは違法であると信じて本件暴行に及んだのであり、このような場合公務執行妨害罪は成立しないというのであるが、まず警察官加藤隆一の司法警察員及び検察官に対する各供述調書並びに司法巡査作成の「公務執行妨害罪にかかる被疑車両の写真撮影について」と題する写真撮影報告書などによれば、本件当時被告人運転車両の荷台から相当多量の水が滴下していたことが認められ、これについては被告人は、取調担当警察官に対し「警察官に呼び止められた。たれ流しの水のことやと思い、車の後方に行くとやはり思つていたとおり、砕石に掛けた水がたれ流しで道路は水浸しになつていた。その時警察官に対して、何時も出発する前に水を切つてくるんやけど、今日は急いでいたのでそのまま走つて来たと弁解した。」旨供述しており、当審公判廷においては「砂に水を掛けて運転したらいかんと巡査から注意を受けたということは聞いたことがある。」と述べていること、更には、原審公判廷において公務執行妨害罪の成立を全く争つていないことなどに照らすと、被告人においては、本件犯行当時自己の右水の滴下行為が違法であることを十分認識していたものと推認し得るのであつて、所論に沿う被告人の当審公判廷における供述は到底措信できない(なお、当審において取調べた吉田明輝及び寺内登連名作成の書面の記載は、「積荷からほこりがでないように適度に水を掛けて走つているが、切符を切られたり、注意を受けたことはない。」というものであつて、本件のごとく積荷に水を多量に掛け、その滴下した水が路面を水浸しにする程の場合とは状況を異にするものである。)してみるとこの点についても、所論はその前提を欠くものといわざるを得ない。

以上のとおりで、所論にかんがみ更に記録を調査、検討しても、原判決に所論のいう法令適用の誤りなどは認められない。論旨は理由がない。

第二控訴趣意第二点、量刑不当の主張について

論旨は、要するに、量刑不当を主張し、被告人に対し刑の執行を猶予されたい、というのである。

そこで、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調の結果をもあわせて検討するに、本件は、積荷の転落等防止義務に違反して大型貨物自動車を運転していた被告人が、制服を着用し交通違反取締りの警察官から道路交通法違反被疑者として取調べを受け、右所為が反則行為に当たるとして交通切符を切られようとしたことに憤激し、同警察官の胸ぐらを掴み身体を前後に数回揺さぶる暴行を加え、右職務の執行を妨害したという事案であるが、被告人には業務上過失傷害罪による罰金前科五犯があるほか、昭和五九年四月二五日業務上過失致死罪により禁錮一年、三年間保護観察付刑執行猶予に処せられたこともあるのに、その猶予期間中に本件に及んでいること、職務執行中の制服警察官に対し前示理不尽な暴行を加えたものであることなどの犯情に照らすと、その刑事責任は軽視できないから、被告人に対し懲役六月の実刑を科した原判決の量刑もあながち首肯できなくはない。

しかしながら、被告人には暴力事犯による前科、前歴はなく、本件も右反則行為の処分によつて前刑の執行猶予を取消されることを危惧するあまり興奮して暴力を振るつたもので偶発的な犯行と認められること、前示猶予刑の保護観察は本件当時仮解除されていたこと、本件暴行の態様、程度もさほど危険性が高く悪質なものとは認められないこと、平素は運転手として真面目に稼働しているもので再犯のおそれは少ないこと、その他被告人の反省の念、その家庭の事情など所論指摘の酌むべき諸事情を勘案すると、懲役刑に執行猶予(ただし、原判決時には刑法二五条二項本文による再度の執行猶予)を付さなかつた点において原判決の量刑は重きに失するものと考えられる。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により更に判決することとし、原判決が認定した罪となるべき事実にその挙示する各法条のほか、刑の執行猶予につき刑法二五条一項を、当審における訴訟費用の負担につき刑事訴訟法一八一条一項但書を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石田登良夫 裁判官角谷三千夫 裁判官白川清吉)

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